2011年 02月24日
補導、停学、自宅謹慎と自暴自棄になりそうだったハイカに一通のメールが届く。 それは父親の部屋から拝借した物がきっかけで知ったアーティスト、ノーラから差し出されたものだった。 しかしその内容には不明な点が多く、ハイカは戸惑う。
そして調べるうちに意外なことが見え隠れする。 ノーラとは一体何者でハイカにどのような意図があってメールを出したのだろうか? ハイカの回りで何かがゆっくりと転がり始める。 「何するんだ? もしかして」 「繰り返しの部分を今から作ってemancipation #02に差し替える」
そして調べるうちに意外なことが見え隠れする。 ノーラとは一体何者でハイカにどのような意図があってメールを出したのだろうか? ハイカの回りで何かがゆっくりと転がり始める。 「何するんだ? もしかして」 「繰り返しの部分を今から作ってemancipation #02に差し替える」
メールを開くとそこには人づてに面白いソースがある事を知り、俺の存在を知った事。 そしてそれらは音楽で言う所の懐かしさを感じるテイストをもった物だと言うことなどが書かれていて、総合すると好意的な感想文のようなものだった。
ただ、その文中には「当時を懐かしく思う」とか「クロニクル的な要素を感じる」といったような何に対してなのか分かりにくい文章はまるで普段良く会話をする相手が説明を省いたような、つまり主語がない感じなのだ。 まるでこれが初めてのメールとは思えないような文章で俺は困惑した。
もっとも困惑したのは最後の方に書かれた内容で、それは「紡ぎ出すハーモニクスと送り火、旅立った日の忘れられない気持ち」という一見謎めいた一行になぜか映像がよぎる気がしたからだ。 このメールの送り主は俺がネットでデータををあさりまくったアーティストのノーラ本人なのだろうか、しかも相手はなぜか俺を知ってる風だ。
俺はモノレールが到着するのを待てず近くの喫茶店へと足を向けた。
初めて入る喫茶店で店の作りは少し古く、あまり繁盛しているとは言えなかったがことの外店内は静かで、俺には都合が良かった。 俺は店の見渡せる一番置くの席に座り、アメリカンを注文すると再度メールを読み直してみた。
まず、サブジェクト。 メールのタイトルは”ノーラと申します”になっている。
発信先はコロニー側、しかもドメインは間違いなくノーラの所属するアルタードプロモーションのもので本人であることはほぼ間違いない。 ただ、なぜ「俺にメールしてきた」かだ。
俺のメールは一般には公開していない。 俺はネット上にハンドルのハイカ名義でメッセージを受け取れるようにメッセージボックスを作っているがこれは「端末」を利用する者にしか公開していないし、こちらへ送られたメッセージは携帯へ転送してくれる仕組みにしているが、このメールは俺のメールに直に送ってきている。
さらにそのメールの内容は意味不明な部分が多い。 普通俺のソースに感動した程度で気軽に感想を送ってくる立場の人間ではないはずだ。 必ずなにか意図があるはずだ。 それはこの訳が分からない文章に隠されているのではないか? というのが俺の考えだ。
あれこれ考えているとコーヒーが運ばれてきた。
カップはマグカップに近い感じの大きめなサイズ。 飲み口は唇にフィットする感じで驚いたが味はかなり薄めであった。 慣れると美味しいのかもしれない。 まわりはスーツ姿の男性客ばかりだ。 どうやらここ一体はビジネス街であることから客層はサラリーマン中心であるようだった。
俺はなにか自分が少し大人になったような気分でちょっとこの店が気に入った。 自分でも子供っぽいと思ったが少し気分も落ち着いてきたのが分かりクラブサンドを追加してゆったり考えてみる事にした。 このメールは少なくとも不安よりなぜか期待感を抱かせたからだ。
まずメールの表面上は好意的であり感想文であること、そして次に事務所のメールアドレスであること。 メアドに関してはノーラ本人である事を証明するものとなる。 しかし謎なのはメッセージボックス経由ではなく、公開していないメールに送られている点だ。 近頃のメールサーバーはセキュリティが厳しく、送信元のはっきりしないメールははじかれるため迷惑メールなんてまず意味がない。
おまけに昔は取り締まれない部分もあって「スパム」とか呼ばれていたらしいが今は法によって厳罰になるためそんな悪徳業はなくなった。 このためメールアドレスの取得者側個人の身元や送信規則も法で縛られ、あまり迂闊なことを書けず、この辺はプライバシーがどうのと色々もめているようでもあった。
なのにどうやって俺のメールアドレスを知りえたのか? メールには人づてに俺のソースを知ったとある。 ということは俺の事を知る人間がどこかでノーラと繋がっているのだろうか、そんな可能性はまずないはずだ。 ノーラはコローニーにいる人間だし、俺のような一市民の学生とはまるで接点のないアーティストだ。
しかも驚くのは「端末」でのハイカと俺を同一人物だと分かった上でメールしてきている点だ。 俺がソースを公開しているのを知っているのはごく一部の奴しかいない。 ということはこのなかにノーラに繋がる誰かがやはりいるのだろうか。
帰宅後、ノーラのオフィシャルホームページを開いてみた。
リリースノート、バイオグラフィー、ディスコグラフィーとコンテンツが並ぶだけで質素なデザイン。 まあ、現在は活動してないようなのでこんなものだろう。 連絡先にはアルタードプロモーションの事務所のメールアドレスが記載されているだけで当然ノーラのメールアドレスなど公開はされていない。
もう一度携帯を開いてメールを読んでみた。
ひと通り読みなおす。 「紡ぎ出すハーモニクスと送り火、旅立った日の忘れられない気持ち」やっぱりこの部分がすごく引っかかった。 カオリが以前送ってきた「明日は満月です」のようなリンクは施されてはいない。 しかし何度読んでも不自然さが残る。 謎、そうか。
俺はカオリがやったように文節を分けて考えてみることにした。しかし言及する対象がないので一番明確な「送り火」にポイントを絞った。 送り火といえば京都でお盆に行われる大文字焼きくらいしか思いつかない。 ネットを検索するとやはり京都の五山送り火のことばかりだ。
違うのか。 口に出して言ってみた。
その時、携帯が鳴り出す。 着信はカオリからだった。
「ハイカ? 今どこにいるの?」
「ちゃんと帰ってるよ」
「よかった。 なんか、顔色悪かったから心配してたんだよ。」
「んーごめん」
「今なにしてる?」
「帰ってきたばっか」
「そう、」
「あ、そうだカオリ、いつだったか明日は満月ですってメッセージくれたじゃん」
俺はカオリにノーラのことは伏せ、メッセージをもらったこと、その一分の文節が気になることを話してみた。 カオリはなにか隠喩があるんじゃないかと言う。
「いんゆ?」
「そう、隠喩。 言葉上では言い表さない比喩とでもいうのかな。」
「あ、ごめんなんかちょっと自分で考えてみるよ」
そういって切ると1階の親父の部屋に行き、以前手にしたムックを開いた。 それはノーラがまだこちらにいた時の野外ライブの写真で場所は京都、時期は8月。 さっき見たホームページには大文字焼きが行われるのは8月16日とあった。
俺は部屋に戻り、ノーラと京都について調べてみた。
今から3年前の8月10日ということが分かった。 野外ライブは毎年開催されるイベントで複数のアーティストが集まって行われる音楽祭だった。 しかしこれがあの文章と関係があるのだろうか。
当時の状況が知りたくて検索を重ねると当時ライブへ行った人のブログがいくつか見つかった。 ノーラは300人動員できるステージでライダースーツのようなコスチームのバンドマンをバックに数人の女性にまじり彼女はそこにいた。 これって以前見た、俺はちょっと鳥肌がたった。
以前コロニー経由で配信されたロックフェスタの一部の映像とステージが一緒であることが分かるだけでなく、なぜかあの文節とこの音楽祭が関係しているんじゃないかと思えた瞬間少しゾクリとするものを感じた。 あの映像は京都のものだったのか。
しばらく調べてみてけっきょく分かったのは京都の音楽祭のことだけだった。 さて、どうしたら良いだろう。 一方的なメッセージのようなものであるメールに返信をすべきなのだろうか。 それとも当初感じた誰かと勘違いして送られてきたメッセージなのだろうか。
いや、そんなハズはない。 そうなると直接公開していない俺のメールに送ってきたこと、そして所属事務所のメールをわざわざ使って送ってきたことに説明がつかない。 おそらくメールアドレスはノーラ本人であることを証明するためだと思うのだが。
俺はパソコンの動画フォルダからロックフェスタの一部の映像を取り出して再生しながら考えていたが思うように考えがまとまらない。 というか情報が少なすぎた。
動画は何度も何度も繰り返し再生され、俺はいつのまにか口ずさんでる自分に気がついた。 以前はこの掛け合うような歌い方は面白いなと思いつつもパート分けがわからず全体を俯瞰するように聴いていたが、いつしかパートすべての聞き分けができるようになりスネアのリズム、ギターのバッキングやミキシングしたイージーリスニングな伴奏と唄が重なるすべてを聴き込めるようになっていた。
楽器の演奏はできないが、俺にはソースがある。
俺はエディタと自分で作ったソースをパーツとして分類したフォルダをファイラーで開き、前に進めない不安感やカオリに対して感じる愛情、ノーラたちが紡ぎ出す音楽への感動と抑揚感をソースに書き連ねた。 そうやって一気に作ったソースをフォーマット後、ファイル名を「emancipation #01」とした。
次の日、俺は昨夜作ったemancipation #01をテストするためパソコン上で走らせてみた。 勢いで作っただけあって荒々しく統一感に欠けるソースだったがちょっと面白いかなと思い悪ふざけで 動画フォルダからロックフェスタの一部の映像をコラージュしてみた。 悪くない。 しかしこれといって決め手がないようにも感じる。
コーヒーを入れようと席をたった瞬間着信があった。 安達からだ。
安達も謹慎中で自宅にいるが停学期間は俺より長かった。 しかしよく退学処分にならずに済んだものだと感心する。 奴の学校はうちより偏差値は上のはずなんだが。
「よう、共犯。 今何してる? よかったら上がってもいいか。」
「なん!? 家の前かよ」
窓から下を見下ろすと携帯を片手に手を振る安達が立っていた。
安達は途中でスナック菓子や飲み物を買ってきたようで部屋に入ると適当に座りばりばりとスナックの袋を広げだした。
「おまえいいとこ住んでんなあ」
「よくここが分かったな」
「んあ? ああ、塚本に聞いた。 それよりハイカ、お前月と付き合ってるんだって?」
「ああ、誰から聞いた?」
「なんだよ、マジネタだったのかよ、いいなあ。 や、一木から聞いたんだけど出処は塚本らしいよ、月から相談うけてるとかポロって、あれー?みたいな。」
「なんだよ、ポロリかよ」
俺は苦笑しながら安達の前に腰を下ろしてポテトチップスを手に取った。 こいつの通う学校は私立だが偏差値は高く、真面目な奴が多い学校だがこうして謹慎中にのんびり遊びにくるところを見ると俺以上にアウトローな奴だ。
一木がバイト先で知り合ったというが意外にしっかりしてんのかな、そう思いながらポテトチップスをバリバリ食べてると安達は部屋を見まわし「俺の部屋とは違い物が少ねえな」と言いながら「お、アレでソース作ってるんだ」と初めての俺の部屋をしげしげ観察している。
「そうだ安達いい所に来たぜ」といってパソコンを操作しだすと安達もパソコンに近づきながら「何がいい所か分からんよ」とモニタを覗き込む。
「昨日完成したソースなんだけどさ、ちょっと聴いてみてくれるか」
「まあそりゃいいけど」とベッドに腰掛けた。
うん、と相槌をうってソースを再生。 こうして俺が作ったソースを聴いてる人の姿を見るのは初めてだ。 なんか緊張した。 安達は聴き入るように真剣な顔で一点を見つめながら視聴している。
終了後なんと声をかけていいものかわからず「どう?」と聞いたら「お前、これ全部自分で作ってんの?」って、はあ?そこかよみたいな、だけどちょっと嬉しい。
けっきょく2人でああだこうだと言い合っていたが他の奴にも意見を聞いてみようということになり端末で知り合った奴数人に限定で聞いてもらうことにした。 といっても会うわけではない。
相手が何をしている奴でどんな奴かも分からない端末だけの付き合いだが、俺がプレイする時には必ずリンクを通知する奴らだ。 俺はとりあえず手身近なサーバーにファイルを分割してアップロードし、5人のリスナーにリンクを公開した。 分割したファイルは偽装化された上に不可視ファイルになっているので絶対パスを知らなければぜったいに見つからないし暗号化されパスワードが必要になる。
リスナーは携帯にインストールしたソフトでそれらのリンクを結合、そして再生する。 ここまでは普通の音声ファイフとしてのみ再生される。 今回はテストなので公開は音楽のみだがプレイする時は映像や引用、そして擬似感性ファイルと言う匂いや味覚的なものを感じさせるというかそういう気分になるだけなのだが、こういったソースがさらにリンクされる。
これらは可視できるものではなく、擬似感性ファイルと「端末」を通してのみ体感できるものだ。 分割したファイルのローディングが始まっているので今視聴中ということだ。 感想を聞くため端末にアクセスしてみる。
「ヘイ、ハイカこれ超イイね!」
「お、マジで?」
上がると即座にミックというハンドルネームのやつが声をかけてきた。 他の奴らはまだ発言しないのでミックから少し感想を聞こうかとした時だった。 ローディング数がどんどん増え、一気に500人くらいがアクセスしていることが分かった。
「誰だよ、サイト開いたの」
「スマン、俺だ笑」 「俺も」
まだ発言していなかったうちの2人が知り合いにリンクを公開してしまったようで、どうやら芋づる式に連鎖が始まってしまったようだ。 しかしまだ5分も経っていないのに500人くらいが共有している。 しかもまだまだ増えそうな感じだ。
「おい、なんかすげえな」
雰囲気で分かるのか安達も乗り出してモニタを覗き込み、興奮している。 俺もドキドキした。 というかドキドキしている場合じゃないぜ。 俺はファイル操作を繰り返し、ソースを作るのに必要な環境を引っ張り出し、エディタに構文を開いて改変し始めた。
「何するんだ? もしかして」
「繰り返しの部分を今から作ってemancipation #02に差し替える」
「えーなんでだよ、ちょっと面白そうだな」
「繰り返しの部分は引用を分岐させるためのサンプリングだったんだけどやめた。 これだけリスナーがいるんだ。 せっかくだから#02、03と作って遊んでやるよ」
そう言いながら俺はブラインドタッチでガチャガチャとキーボードを打ち続けた。 途中安達が「間に合うのか?」と言っていたがもう話す余裕はなくなっていた。
なぜならリスナー数がすでに1000人を超えていたからだ。